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「伝統」と「進化」
第10話

「伝統」と「進化」

よくある説明ですが、「昔ながらの造りでていねいに造る」という言葉で私もたびたび蔵の方針を説明します。実はこの「昔ながらに」というところに深い意味があるのですが、普段は長くなるのであまりそれ以上深く説明することはありません。
それは今回のタイトルにある通り、「伝統」と「進化」をどのように捉えているかということに関係します。

伝統に基づいたものというとそれだけで非常に価値のあるものと捉えられがちですが、私はそう単純には考えておりません。
伝統のすばらしいのは「改良」が繰り返し重ねられてきたことで、その価値が磨き上げられているということだと思っています。
ですから、すばらしい伝統であればあるほど、現在もその価値を磨き上げ改良する努力が引き続き行われていると思っています。いわば「伝統」=「完成されたもの」ではなく、「伝統」=「磨き上げ続ける過程」だと思っています。

昔ながら=江戸と同じか?

江戸時代の日本酒と現在の日本酒は、その米も造り方も仕込配合もアルコール分も甘さもまったく違うものだと分かっています。大きな時代の変化の中では、現在の日本酒の形というのはまさしく時代の中で時代に対応したより良い形へと変化してきたものだといえます。
しかし、短い時代の中で見ると、日本酒は戦後高度経済成長の中でどちらかというと大量生産の合理化による品質向上を目指してきました。そして現在ではその流れが限界に達しています。さらに「進化」をしたいと思ったら、もう一歩踏み込んだ時代への対応が必要になってきていると思います。

未来に向けた確かな指標とは

私は、「昔ながらの造りで」という言葉はイコール「伝統に基づいて」という意味で、すなわち「悪いやり方を廃し、良いやり方をしっかりと残していく」ことの継続作業だと考えています。
ただ、何が悪くて何が良いかの判断は、蔵によって違うでしょうし、答えはこれからの長い時代が出してくれることだと思います。その「答え」に迷った時に、私がたよりにしているものがあります。

それは「人の笑顔」です。

現在、売上として伸びている・伸びていないとか、利益としてどれだけ貢献しているとか、世の中の流行がどうとかいうのは、経験上あまりあてになりません。
自分も含め、その酒を飲んだときに人がどんな表情をするか、どんなニュアンスで言葉を発するかのほうがとても重要です。
「水尾」を飲んで自然な笑顔で「おいしい!」といってもらえた時、これほど確かな未来への指標はないと思っています。

(社長 田中隆太)